はるをみはる-7

「ん?」
「いや……なんでもないです」
「なによ?」
 訊き返したけど、望くんの表情がなんだかつらそうで、たぶん言いたくないことを腹に抱えてるから、つまりそれはあたしへのダメ出しだから、あたしも聞きたくなかった。
 なによ。あんたはエリナちゃんに癒してもらってりゃいいじゃない。あの子にだったらあたしだって癒されたいぐらい。ああいう女の子には、どう転んだってなれない。いっぺん死ななきゃ無理だろう。
 あたしの心が、鬱憤を溜めてる。ストレスがかかってる。そう、他人事のように思った。ふっと目を上げると、望くんは目を閉じてた。顔がまだ眠そうだ。
 こんな虫も殺さないような顔をして、この部屋であの子とやることはやってるんだろうな、と思うと大内刈りでもかけて突き倒したい気分になる。もっとも、広基に技を習ったとき、大内刈りは一度としてうまくやれなかったのだけど。広基は高校時代は柔道をやってた。アメフトは大学に入ってからだ。でも、柔道の技を習うのは楽しかった。だれもいないときのあたしの実家の居間で、それから、みんなといっしょに温泉旅行に行ったときも旅館の大部屋で、教えてくれた。足技や投げ技はいいんだけど、広基はなぜか締め技を教えるのをいやがった。そんな、どうでもいいことを思い出す。
 でも、望くんとエリナちゃんが絡み合ってる画はきれいだろうな、と思った。見れるものなら見たかった。エリナちゃんはすごく見事な髪をしていて、長さは腰ぐらいまである。で、肌が抜けるように白い。あの子の裸はきっとすごくきれいだ。締め技なんかかけたらすぐ失神しそうだけど。
「伊津子の態度は、納得いかなかったよ」
 広基の声が耳に甦った。あれはいつだったろう。珍しく真剣に怒られたから、あのときの顔と声はよく憶えてる。そうだ、あれは……先輩の送別会だった。ある男の先輩が就職で東京を離れることになった。送別会なのに、あたしは愛想笑いひとつしなかった。あたしにとってはどうでもいい人だったのだ。つまらないことしか言えない、取り柄のない人だった。あたしから見たら。だけど失礼なことは言わなかったと思う。なのに、広基にはあたしの態度が失礼に見えたらしい。
 あたしは逆ギレして、広基の気に食わないところを並べ立てた。外面がよすぎるとか、イヤなことを我慢しすぎるとか、先輩だってだけでヘイコラするのは体育会系の悪いクセだとか。
 広基は、ぐっとこらえるような顔してた。
 思えばあのときから、別れは始まってたんだろう。
「もっかい広基さんと、話すことはできないんスか?」

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