はるをみはる-5

 望くんは素直に「はい」と頷いた。なに偉そうに講釈してるんだろう。あたしがだらしないから迷惑かけちゃったんじゃないか。
 何もかも、おとといの晩の別れ話から始まってる。いや、厳密にはあたしがフラれただけなんだろう。
 行きつけの沖縄料理の店に一緒に入って、席に着くまではいつもと同じだった。向かい合わせに座って、広基の顔を見てからだ。いつも違う、と気づいたのは。広基はなにか言いだした。曖昧に、遠回しに、なにかを伝えようとしてた。あたしは判らなかった。いや、判らないふりをしていたのか。初めから感じてたのか、その言葉を言われるまで気づかなかったのか、いまはもうよく判らない。
「しばらく離れてみよう」
 と広基は言った。
 それを聞いてあたしはすかさず、「どうせもう無理。別れましょう」と返した。
 あの時は迷いなく言えた。いまも気持ちに変わりはない。
 恋人関係というやつは、どこか契約みたいなところがある。「あなたが愛してくれる。だから、あたしも愛します。」そういう条項が歴然と、ある。つまり、相手に気持ちがなくなったらもう終わり。フラれても食い下がる女をあたしは理解できない。契約なんて、相手に結ぶ気がなくなったら終わりだ。このところ就職活動でお互い忙しかった。会える時間は限られてて、どうせこれから隙間風がビュービュー吹くことになる。ちょうどそう思ってたとこよ。
 でも、フラれるなんて負けたみたいでイヤだから大急ぎで自分から別れると言い出した。それってただの子供っぽい意地だってことも、分かってるけど。
 あれから広基の顔を見ていない。一言も喋っていない。電話も来ない。
 広基に他に好きな女が出来たんだったらあたしはわかるし、向こうも正直に言うと思う。そうじゃないのだ。広基の言葉は曖昧だったけど、あるひとつのことを、一生懸命伝えようとしてた。
 なにか違うんだ。
 あたしもそう思ってた。なんとなく、ね。突きつめて考えてはいなかったけど、考えたくもなかったけど、そう――なにか違う。それが別れる理由だなんて、なんだか淋しいけど。
 二十歳の頃はあんなに欲しかった広基が、みんなに慕われてて、アメフト本気でやってて惚れ惚れするような体つきで、頭も良くて頼り甲斐があってだれにも獲られたくなかった広基が、いまはどうしてこんなに有難味がなくなっちゃったんだろう。それどころか、そばにいるだけで圧迫感を覚えるようになっちゃったのか。何かあるたびに、ただ黙ってしまう広基が怖かった。口に出さなくてもいろんなダメ出しが聞こえてくる気がする。そんなのもう真っ平だ。

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