はるをみはる-3

 望くんはどこまでも親切だ。いいのいいの、あたしは手を振った。シャワー浴びたって酒臭さが消えるわけじゃなし。またお母さんや妹から嫌味言われるかと思うと、家に帰りたくなかった。どこかのサウナでアルコール抜いてから帰ろうかな。お風呂場の前まで行ったけど洗面所で顔を洗うだけにした。たとえシャワーを浴びるためでも、望くんの部屋で服を脱ぐのは気がひける。
 望くんには、大事にしてる可愛い彼女がいるから。小財エリナちゃん。彼の同級生。家族ぐるみでカナダに行ってるらしくて今はたまたま東京にいないけど、二人はすごく仲のいい、見てる方が顔がほころんじゃうような、可愛いカップルだった。
 望くんはもともと親切な人だけど、あたしにこんなにも親切なのはやっぱり、あたしが広基の彼女だからだと思う。望くんは、広基とは高校からの先輩と後輩だ。あたしは、初めて遭ったときからふたりが似てると思った。見た目は全然ちがう、逞しい体つきの広基に比べて望くんは殴ったらポキッと折れそうなくらい細いけど、ふたりはちょっと気持ち悪いくらい息が合ってる。なんと言ったらいいのか、同じ系統の人間なんだな、と感じる。自分の信じる「筋」をきちっと持っていて、そこから絶対に外れない、っていうような。
 こういう男はコソコソ浮気なんてしないだろうから、おおかたの女の子にとっては大歓迎だろう。だけどあたしはなぜか、すごく苛々することがある。ときどき、広基の言うことに拒絶反応を起こしてしまう。「バカな真似はよせ」とか「大人になれよ」とか言われると決まって我が儘をやってしまう。広基が困った顔になるとあたしは後悔するけど、腹の底ですごく満足を感じてる自分がいる。
 ご馳走になる前に、せめて念入りにうがいした。台所に戻ると、手際よくレタスをちぎって皿に並べながら、望くんは笑顔だった。
「それにしても裕美さん荒れてたっすね。あんなことよくあるんすか」
「ほっとこうよあんなバカ」
 あたしはまたぞろ腹が立ってきた。
「偉そうに説教垂れちゃってさ。自分がもてないからってなんであたしにあたるのよ」
「でも、広基さんと別れたのはおれもびっくりでしたからね」
「だからってなんで、あいつに怒られなきゃいけないの?」
 望くんはうーんと言って笑ってる。頭をかくと、彼の健康な髪があっちこっちに跳ねる。若いな、と思った。あたしとふたつしか違わないのに。
 身体が近い。

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