はるをみはる-2

 思った通り、彼は襲ってきたりなんかしなかった。それどころかせいいっぱいの快適さを提供してくれて、ご覧の通りあっけなさすぎるぐらいの爽やかな朝だ。テレビの上に時計を見つけた。九時過ぎ。ぎりぎり朝と言える時間だった。なんだかほっとした。
「あ、お早うございます。ちゃんと眠れました?」
 声は礼儀正しいけど、まだぼやっとした感じなのが可愛い。奥のベッドから身を起こして、望くんは女みたいに長い髪をかき上げて顔を見せた。顔も女みたいに細くて端正だ。
「ええ、おかげさまで。ほんとありがとね、泊めてもらっちゃって」
 ゆうべはベッドを使ってとしつこく言われたけど、あたしはすぐ床に伸びた。実際、眠たかったのだ。目が醒めたらタオルケットが身体にかけてあった。身体の下には、座布団まで敷いてあった。有り難くて、なんだか情けなかった。
 常識をわきまえたいい先輩を演じるのは、時々ものすごく疲れる。うまくやってきたつもりだったけど、ゆうべはとうとう地が出た。お里が知れるってやつだ。裕美たちとケンカ別れしたあとも、望くんだけはあたしのそばを離れないでいてくれた。あたしがヤケ酒喰らうのが判ったんだろう。
 でも、望くんがいたから安心して酔っぱらえたんだとあたしは思う。
「なんスか? なにか探してます?」
「ううん、歯ブラシ。でもいいの、もう帰るから」
「あ、朝飯ぐらい食ってって下さいよ。おれすぐ作りますから」
 血圧が低そうなのに、望くんは意外に元気だった。あたしに気を遣って無理してるのか。ベッドからでてきた彼はよれよれのトレーナーを着ていた。そのまま台所まで来て、冷蔵庫を開ける。着替えをするつもりはないらしい。
 そういえば広基は、望くんが料理がうまいって言ってたっけ。卵とレタスを取り出して支度を始める。手慣れてた。この分じゃあたしよりうまそうだ。それもそうか、あたしは料理を面白いと思ったことがない。広基にご馳走してあげたことなんかわずか一回。
 そう、それがあたしと広基の関係性を象徴してる。いま思えば。あたしからしてあげらることなんて、なにがあっただろう。たとえばヴァレンタインデーにだってチョコをあげたことがない。あたしがそういうのが嫌いな天の邪鬼だってことを承知の上で、広基はこの二年、毎日のように一緒にいてくれた。
 だから、きょうも明日も広基と会う予定がないってことが、あたしはまだピンときてない。これからもずっーと予定はない。望くんの隣で、あたしは手伝いもしないでぼんやりしてた。
「シャワー浴びます? 遠慮しないでどうぞ」

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